子供が泣いていた。捜し人が恋しいと泣いていた。
 「ウロは?っウロは?」
 声を引き攣らせながらもずっと同じ言葉を繰り返す。それを聞いている里長の火影は
 ただ子を抱きしめ頭を撫でてやるだけだった。子供の癇癪が収まった頃に背に回して
 いた手を子供の肩に置いて目線を合わせ、言い聞かせるように口を開く。
 「お前も忍になりたいんじゃろ?身体が大きくなって、
  忍の端くれになれたら逢えるやもしれんぞ」
 「ウロに?」
 零れ落ちそうな程見開かれた瞳に大きく頷いてやる。
 「だからしっかり勉強して、強く大きくなりなさい」



  アカデミーを無事に卒業し、班が出来てから既に数ヶ月の時が過ぎていた。急な天
 変地異で大雨が降ろうとも、大雪に見舞われようとも、茹だる暑さに襲われようとも相
 も変わらずランク下位の任務、果ては修行をこなす毎日。
 その上彼らを持つ担当上司の見事なまでの連続常習犯っぷりは子供らに忍耐訓練を
 強いる形となっているがあまり功を奏している傾向は未だ皆無。本日も漏れなく遅刻し
 てきた上司に二人の子供が突っ込みを入れて任務が始まった。
 「よし、もういいぞ」
 何ヘクタールあるか数えたくもない広さがある“庭”と呼ばれる綺麗に切り揃えられた
 草原と、どのくらいの高さがあるのか分からない刈り取った雑草の山。
 その周りで三人とも息も絶え絶えへばって座り込んでいた。上司は子供らの様子に苦
 笑しつつ、それを叱咤する。
 「後は此れを処理して報告しに行くだけだから、もう少し頑張んなさい」
 誰の所為でヘトヘトなのかと一人が余力を絞って叫んだ。



  朝起きたらいるはずの人物がいなかった。確かにその男は朝から必ず“仕事”に出
 掛ける。しかも早朝四時からだ。しかし時計を見ても未だ三時代に針は留まっており、
 男が出掛ける時刻は来ていない。
 子供はいつも四時前に起きるのが習慣付いていた。そして男に早すぎる朝食を用意し
 てもらうのが日課だった。だが今日に限って男は既に居らず、ただ自分の朝食と思しき
 ものが机に乗っているだけ。
 「ウロ?」
 子供なりに辺りを一生懸命捜せでも、男の姿はない。否、そもそも男には気配もない為
 何時の間にか其処にいるという事もよくあった。名を呼んでいればまたきっと声を掛け
 て姿を現してくれるだろうと思い、何度でも男の名を口にする。
 「ウロ、ウロ」
 だが何度呼んでも男の声は一向に聞こえてこない。自分の声と時計の針の音しかない
 部屋に不安に駆られ、悲しさに応えて涙が溢れてくる。
 「…ぅろ」
 俯いてしまった小さな頭に誰かの暖かい手が乗った。途端に思い描く人物はただ一人
 で、喜びと早く彼を一目見たさに顔を上げる。
 「ウ!」
 「…わしだ」
 彼はもう子供の前に現れなかった。

 子が泣いている。恋しさが悲しみとなって泣いている。
 三月半ばを過ぎ、桜が咲こうとしていた。



  花見を誰かと一緒にした事は生まれてこの方一度としてない。幼い頃から唯一平等に
 扱ってくれた者、そして卒業間際に信頼関係を築いた者、アカデミー時代から同級の今
 でも気兼ねなく話せる面々でさえない。
 自分からしようとも言わなかったからかもしれないが、確実にそれだけではない理由が
 あった。大勢いる所では気が引けるのだ。今はそんな事はほとんど気にしていないのだ
 が、幼い頃に感じたモノが近付けさせない。
 それとこの季節になると必ず一人で行く所がある。誰にも教えるつもりのない場所。何
 故ここを知ったのかは既に記憶にはないが、毎年欠かさず一本の桜に会いに行く。今
 まではアカデミーの長期休みを使って行っていたが今年から長期休みなど何時与えら
 れるか分からない身分になった為、其処にいつ行けるか分からない。
 桜が見頃の季節が近付いていた。
 「はい確かに、受理しました」
 任務受付所にてナルト含めた四人とも横並びで任務報告書の提出を終えた。後は明日
 の予定を教えられて解散の合図ばかり。
 「明日はカカシ上忍に別任務がありますので七班は任務がありません。
  明後日から木の葉桜祭の準備ですので、明後日の任務はその手伝いです。」
 「了解」
 部屋を出、担当上司のカカシから明後日の集合場所と時間を連絡されて解散を告げら
 れる。ナルトにとって願ってもない休日ができた。
 以前の自分なら一日で帰って来られなかっただろうが、今現在の自分のスピードなら日
 帰りができる。今日のこれからと明日の予定を考え始めた時、向かいの廊下からイルカ
 が歩いて来た。
 「イルカ先生!」
 「よ、ナルト。お前明日休みなんだって?」
 「おう」
 「それで少し早いが明日花見しないか?」
 「俺と?」
 「おいおい、俺はお前を誘ってるんだからそうに決まってるだろ」
 「ん゛〜」
 折角のイルカからの誘い。しかしまた何時貰えるか分からない休みに期待もできない。
 何せこれから里中が花見で活気付く。それは任務に結び付いているだろう事はナルト
 にでも分かる。困った。
 「何だ、都合悪いのか?」
 「あーウン。先生、悪ィ」
 「そぉか。気にすんな、また今度行こうな」
 アカデミー時代の恩師と別れた直後、溜息を零した。申し訳ない事をした気持ちと用事
 内容を聞かれなかった安心からだった。
 「ヘェ、どっかに出掛けんの?」
 突如掛けられた声に驚いて聞こえて来た方向に顔を向けると、先程解散を告げて何処
 かに消えたはずの上司がいた。
 「カっ、カカシ先生…!」
 マズイと即感じ、如何に誤魔化そうか考えるが混乱から体を無意味に動かし、意味の
 ない、言葉にもなっていない声しか口から出ないナルトをカカシは内心苦笑して見た。
 「別に何処行くのかなんて聞きやしないけど、
  俺に心配掛けさせるような事するなよ?」
 廊下の電球で金色に光る部下の髪を二三度軽く叩いて姿を消した。突然現れて、直ぐ
 にまた消えた上司が居た所をナルトは呆然としながら暫く見ていた。叩かれた頭に半分
 意識をもっていかれながら。
 ようやく正常に戻ると結構な時間を無駄に潰していたのに気付き、原因となったカカシ
 の罵声を呟きながら帰路についた。明日は早い。



  普段部屋から出る事のない子が男に抱き上げられて向かった先はまだ若い梅の木が
 生えている所だった。
 「コレがウメノハナ?」
 「そう、梅の花。綺麗だろ?」
 男の意見に大きく頷く。大袈裟に首を振った所為で頭をクラクラさせた子の様子に男は
 大丈夫かと聞きつつ小さく笑った。
 「花に顔を近付けて。匂い、分かる?」
 この時から男は稀に子を外に連れ出し色んな物を教え見せた。普段の男は朝から仕事
 に出てしまう為、子と過ごせる時間は限られている。そういう日は一日室内で一緒に過ご
 すだけで、偶の休日を外で過ごす。
 「ウロのオシゴトってなぁに?」
 何時も通り部屋でゆっくりしている時、子が突如聞いた。
 「“忍”」
 「シノビ?」
 男は子の頭に片手を置いて優しく撫でてやる。何をするのかと次いで聞いてきた子に今
 度の休みに見せる約束をした。

 約束通り、次の男が休みの日に連れて来られた場所は林の中。人影がない代わりに何
 処からか鳥の囀りが聞こえる。男は手頃そうな木を一本選ぶとそれに対峙した。
 「よく見てて」
 左横で地べたに座っている子供に声を掛けると右足に括り着けてあるホルスターから素
 早く手裏剣を利き手で掴み、木目掛けて投げた。一秒掛からずカッと木に刺さる金属音
 が子供の耳に連続して聞こえた。
 驚き、男が対峙している対象に目をやると数本もの手裏剣が大して太くもない木に一つ
 も外れる事なく刺さっていた。
 「ォォオ!」
 感嘆した声が子供の口から漏れる。男は子が其れに近付く前に、木から手裏剣を抜い
 て元の場所に仕舞い込んでいる。彼はこれ以上の事を子供に言うつもりも見せるつもり
 も更々ない。教えたとて年齢的に理解出来ないだろう。 
 「もう少し暖かくなったら桜が咲く」
 「サクラ?」
 「一緒に観よう」
 この時交わしたのが男と子の最後の約束。けれどそれは果たされなかった。



  朝は朝でも太陽が地平線から顔を覗かせる前にナルトは家を出、日の光が溢れ出して
 空に澄んだ青が広がる頃に目的地へと辿り着いた。
 「来たってばよ!」
 春分過ぎた良い時期に来られた事は桜の開花状態を見ればよく分かった。
 木々に覆われ、民家が此処一帯に一軒もない事柄が人っ子一人いない穴場に変わらず
 している様だ。
 (オレってばラッキー!)
 笑みを満面に湛えて特等席である枝の上に飛び乗り座った。ナルトは此処に来ると日が
 な一日何もせず過ごす。風に乗って微かに緑の匂い、桜の匂いが鼻孔をくすぐる。
 風が吹けばまだ肌寒いが日は暖かい。
 (本当、ツイテる)
 人間とは違って何も言わずありのまま存在し、ただ流れる時間と共に成長して年を取る
 植物が幼い頃から好きで、アカデミー時代はこの時間が唯一の救いだった。

 夕闇迫る頃、全く…と小さく溜息を零した声があった。言われた当の本人は夢の中に入っ
 ていて今の声が彼の耳に届く事はない。
 「心配掛けさせるなって言ったのにコレか」
 任務帰りだったカカシは部下が寝ている木を下から仰ぎ見た。
 「老齢の江戸彼岸とは…風流だねぇ」
 唯一見える右目が孤を描く様に細まる。太くしっかりと地面に根を下ろす幹、東西南北
 自由に大きく広がる枝、葉がない代わりに淡紅で小振りの桜の花、そして金に輝く黄色
 の髪と今は閉じられている瞳は果てのない青。
 風が吹いてきた。日中よりも冷えた温度に眠るナルトが身震いする。それに嘆息し、カ
 カシは起こす事なく部下を抱き上げその場を去っていった。



 桜はただ変わらず其処で花を咲かせている。

 

続きます。
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